高山やぶさめ祭

四十九所神社でおよそ900年にわたり受け継がれている伝統行事「流鏑馬」。
全国にのこる武芸や競技としての流鏑馬とは異なる、古式にのっとった年占いの儀式です。
昭和56年3月27日に県の無形民俗文化財に指定されました。

これに合わせて開催される肝付町最大のイベントが「高山やぶさめ祭」です。
四十九所神社そばの歩行者天国には露店が立ち並び、
高山橋河川敷のイベント広場ではステージショーや物産店、さまざまな催し物でにぎわいます。

~例年の日程 … 毎年10月第3日曜日
・8:30~16:00頃 開会式ののち、各種イベント
・10:00 武者行列パレード
・12:00 弓受の儀
・14:00 流鏑馬
・15:00(流鏑馬終了後~16:00頃) やっさん(やぶさめ)踊り
会場:四十九所神社および高山橋河川敷イベント広場など

くわしいプログラムについてはこちら:【令和元年度 高山やぶさめ祭】

 

◆四十九所神社の流鏑馬 概要

四十九所神社は永観2年(984年)、伴兼行により創建されました。
ここで流鏑馬が行われるようになったのは、高山城の築城から約100年後とされています。
築城年代については諸説ありますが、長元3年(1036年)だという説をもとにしています。

流鏑馬は国家安泰・五穀豊穣・悪疫退散を祈願する年占いの行事で、今もこの願は込められています。
流れるように疾走する馬上から鏑矢(かぶらや)で的を射抜くことから、「流鏑馬」と名付けられました。

射手は、以前は麓郷士の15歳の男子から選ばれていましたが、現在は地元の中学2年生男子の中から選ばれます。
8月に選ばれてから約1か月半、毎日練習を重ね、受け継がれるしきたりを経て、本番に臨みます。

流鏑馬当日、射手は凛々しく化粧をし、綾藺笠(あやいがさ)をかぶり、直垂と行騰姿で神馬に乗ります。
3本の的が立つ全長330mの馬場を、まずは射手と神馬が空走りします。
その後、3回疾走して合計9本の矢を放ちます。
多く命中した年は豊作とされますが、9本すべて命中すると「それ以上」がなくなることから、あえて1本はずすのが良いとされています。
また、的の中心にあたった矢は「こもり矢」と呼ばれ、神前に供えられます。

流鏑馬を見学するときに注目したいのが、射手を支える人々。
射手の父親は、射手と神馬が走る前に馬場に浜からとってきた真砂をまきます。塩を含んだ砂なので、場を清める意味があるのです。父親は練習の時も必ず立ち合い、毎回欠かさずまきます。
前年に射手を務めた後射手は、射手と神馬が疾走する後ろを走ります。万が一、その年の射手が落馬するなどして役を果たせなくなったとき、代わりに馬に乗り弓を放ちます。こちらも練習の時から付き添い、先輩として教示します。
そして、流鏑馬保存会。地域住民の協力を得ながら、伝統行事としての流鏑馬を継承しています。

四十九所神社の正面に設けられる馬場を人馬一体となって疾走しながら弓弦の音を響かせるさまは、まさに戦国絵巻!
射手の雄姿に感動と歓声が沸きたちます。

~射手選出から流鏑馬当日まで~
◇8月
射手決定(令和元年度:中野紅(高山中2年))
◇9月初旬~
旧国鉄大隅線の跡地で練習(16時頃~)
◇9月下旬~
本番会場である四十九所神社前の宮之馬場で練習(16時頃~)
◇本番2日前
柏原海岸で「汐がけ」を行い、射手や神馬、後射手など、流鏑馬に携わる皆が海水で禊ぎ清めます。
◇本番まで
後射手とともに「宮篭り」を行います。かつては四十九所神社にこもっていましたが、現在は役場コミュニティセンターに寝泊りしています。
また本番の前の夜半、高山川で清祓いがおこなわれますが、これは宮司と射手だけが時間と場所を知る、他言無用の儀式です。
◇本番当日
・12時:弓受の儀 … 四十九所神社で射手が弓を受け取り、神に成り代わる瞬間です。
・14時:流鏑馬 … 四十九所神社前の宮之馬場でおこなわれます。

 

流鏑馬の様子

 

イベントの様子

 

参考リンク
肝付町役場HP「四十九所神社の流鏑馬(昭和56年3月27日指定)」
オスミツキ 大隅国HP「おおすみ半島情報誌『breath VOL.01』episode.09 高山流鏑馬』」

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