高屋神社(たかやじんじゃ)

内之浦エリアの神社。
第12代景行天皇が創建したと伝えられています。

景行天皇が即位して12年たった頃(西暦82年)、南九州に居住していたとせれる熊襲を征伐するため天皇自らこの地を訪れます。
このときに国見山上陵(国見山)からヒコホホデミノミコト(彦火火出見尊)を勧請し、高屋神社を創建したとされています。
景行天皇は高屋神社のすぐ横にある天子山高屋宮に6年間滞在しました。
詳しい記録は2度の火災で焼失しましたが、神社はその都度、肝付氏や島津氏によって再建されました。

三国名勝図会」などの古い文献によれば、高屋神社は格式高い神社でした。
明治5年6月22日には、明治天皇西郷隆盛などを従えて鹿児島に巡幸した際、皇祖が眠る鹿児島の三山陵を鶴丸城(現在の黎明館)から遥拝(ようはい)しました。
当時の三山陵は、薩摩川内市の可愛(えの)山陵、鹿屋市の吾平(あいら)山陵、そして内之浦の高屋山陵(国見山)です。

遥拝とははるか遠くから拝むことなので、明治天皇や西郷隆盛が直接お参りしたわけではありません。
かわりに勅使を派遣して、高屋神社に10円金貨を奉納しました。

基本情報

名  称 高屋神社
住  所 〒893-1401 鹿児島県肝属郡肝付町北方1872
祭  神 ・ヒコホホデミノミコト(彦火火出見尊)
・トヨタマヒメ(豊玉姫):ヒコホホデミノミコトの妻
・ニニギノミコト(邇邇芸命):ヒコホホデミノミコトの父
・コノハナノサクヤヒメ(木花佐久夜毘売):ヒコホホデミノミコトの母
・ウガヤフキアエズノミコト(鵜茅葺不合尊):ヒコホホデミノミコトの子
・タマヨリヒメ(玉依姫):ウガヤフキアエズノミコトの妻

  • コメント: 0
  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)

カテゴリー