高山城跡

高山城は、18代にわたりこの地を治めた肝付氏の本拠地でした。
のちに肝付氏は1573年(天正元年)島津氏に敗れ、1580年(天正8年)阿多(現在の南さつま市金峰町)に移封されることになります。
城跡は1945年(昭和20年)国指定文化財になりました。

肝付氏は、薩摩を治める役人として968年(安和元年)中央政府から派遣された伴兼行を先祖とする一族です。
伴兼行のひ孫にあたる兼俊が1036年(長元9年)この地に移り住み統治し、肝付姓を名乗ったのが一族の始りです。

高山城は小高い丘陵地帯に築城されており、残された城跡は本丸・二の丸・山伏城・奥曲輪など が空堀で区画されているだけで建造物は残っていません。
本城の築城年代は不明ですが、戦国末期の当主肝付兼続は、領国を最大(十数万石)にまで広げ、日向の飫肥城を制圧するなど、大隅半島全体を制するほどの勢力を誇っていました。

 

 

基本情報

名  称 高山城跡
住  所 〒893-1207 鹿児島県肝属郡肝付町新富
備  考 駐車場:肝付町本城集落センター(旧本城小学校)

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