【きもつき情報局】田舎的生活がぜいたくな時代に

時代はめぐる、という言葉があるが、時代は確実にめぐり、昔価値のないもの、あるいは遅れたものとして捨てさられたものが、いまや価値の高いもの、あるいは一部の心ある人たちの間では、ある種、憧れの対象とさえなっている。

その最たるものが、農村であり、田舎であり、それにまつわるライフスタイルであり、そこにいまなお残っている伝統的な生き方や風習だといえる。

田舎を捨てた先に日本人が手に入れたもの

例をあげてみよう。

ぼくが子供だった頃、つまり昭和の40年代、日本が高度成長期のまっただ中にあり、それまで半自給自足的生活だった田舎にも、いわゆる文明の利器と呼ばれるモノがどんどん入り込みつつあった時代、昔ながらのスタイルは「遅れたもの」「捨てるべきもの」として、ほとんど何の疑念も抱くことなく、実際に捨てられていった。

農業もそうだった。

農業とは古いものであり、できることなら子供は都会でサラリーマンにしたい、と農家自身がのたまうくらいだった。

家の近くの山から流れてくる自然の水を飲むことや、井戸から湧きだす水を飲むことも「遅れた」証拠でしかなく、集落に水道がくることが「進歩」あるいは「文明化」の証であった。

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そんな古いものを捨てる過程を経て、日本は豊かになった。少なくとも物質的には、経済的には世界でも有数の豊かな国になった。

が、それで人々が幸せになったかというと、あにはからんや、そうではなかった。

物質的豊かさの後には精神的な豊かさを――といったスローガンが80年代あたりから声高に唱えられてきてはいるものの、何年たっても、そうした精神的な豊かさとやらはもたらされてはこなかった。

それどころか、バブルが崩壊し、自信をもっていたはずの経済さえもがおかしくなり、さらには3.11の大災害と原発事故で強烈な一発をくらう始末。

いったい、戦後の日本の歩みの何が悪かったのか?

あるいは、もっとさかのぼって、明治維新以来の日本の歩みに何か問題はなかったのか?

混迷する日本を救うかもしれない田舎的価値観

そうした深くて難しい問いかけに日本の多くの人が直面する中、人々が目を向け始めたのが、日本古来の生き方であり、伝統文化といったものだ。

いわく、日本人は昔から自然と共存してきた。自然を敬い、そこからの恩恵に感謝して生きていた。

要は、混迷する日本という国を、社会を救うための一つの視点が、そうした日本古来の生き方にある意味、回帰すべしということだ。まさに、困ったときの原点回帰、であるそれは、つまり、そうした生き方や伝統がまだ残っていると思われる農村にポジティブな目が向けられるようになったことを意味している。

これは、画期的なことである。実に画期的なことであるといわざるをえない。

戦後から長い間、「遅れたもの」「捨てるべきもの」として位置づけられていた農村が、ここへきて初めて「よきもの」あるいは「次の時代につながるもの」として見られるようになったということだ。

それは基本的に正しい方向であると、ぼくも思う。

ただし、昔の社会のあり方や人々の生き方がすべてよかったというわけではない。ぼくが若いときに田舎の暮らしが窮屈で息苦しかったと感じたとおり、昔ながらの全体主義的な社会のあり方はご免こうむりたいと思う。よそものを、異なる考え方を排除する排他的なコミュニティのあり方はまっぴらごめんだ。

実際、そういう息苦しさが嫌で、ぼくは18歳のとき、田舎を飛び出した。

しかしながら、いまなお田舎に残ると思われる住民同士の助け合いの精神や密度の濃い人間関係などは、都会化してしまった日本の多くの人にとっては、新鮮に映ることだろう。一部に残る自然と共生した生き方は、年齢を問わずに意識の高い層の人たちにとっては、ある種の憧れの対象でさえあるかもしれない。

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要は、今という時代において、田舎的生活がもはや捨て去るべきものではなく、ある意味「ぜいたく」なものとして映り始めたということだ。

自分の食べるものを自分の田畑でつくり(当然、農薬などは一切使わない)、山の水や井戸水を飲み、そして使う。また、家の近くに生えた柿や栗やみかんの木になる果実を食し、いつでもすぐに自然の中に入っていける暮らしが都会人から見れば、本物のぜいたくに見えるということだ。

ならば、そういう時代のトレンドに乗る形で、もっと都会の人たちをこの田舎に呼び寄せようではないか。高度成長期には若者が都会に吸い寄せられ、田舎は衰退していったわけだが、その流れを逆転させる絶好のときが今、やってきている。その流れが確実になれば、田舎の衰退には歯止めがかかり、田舎には再生への足がかりが生まれることだろう。

また、その流れは、人が多すぎて数々の問題を生じさせている都会の過密問題も緩和することになり、いわば日本全体にとってもよいことだといえる。

時代はめぐり、田舎が脚光をあびるときが今や訪れている。そのチャンスをとらえることができれば、田舎は再生し、そして日本という国、社会にとっても、これまでの長期的衰退に歯止めをかけ、新しい形での発展に向けた流れが生まれるような気がする。その意味でいけば、今度の原発事故は、そうした新しい流れを後押ししているのかもしれない。

今、田舎こそが新たなるフロンティア――長い旅路の果てに田舎に舞い戻ってきたぼくには、そう思えて仕方がないのだ。

有留修(ありどめ おさむ)

1959年、肝付町出身。日米の大学で国際関係論を学んだ後、時事通信社やTBSなどで国際報道記者を務める。90年代初めに再び渡米、ジョンズホプキンス大学大学院で修士号を取得。帰国後はインターネット業界に転じ、マイクロソフト社ではニュース部門の立ち上げを指揮。その後、独立、2000年には上海とロンドンに拠点を移す。2007年帰国、田舎と世界を結んだ地域活性化事業を手がける。2012年春から約2年間、NPO法人 きもつき情報化推進センターの事務局長を務めた。

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