【きもつき情報局】欲しいのは「道の駅」より「人の駅」

肝付町は、その名の通り、肝付氏が長く治めてきた土地ですね。
江戸時代、島津氏の時代になって肝付町の高山地区は「高山麓」として栄えてきました。高山小学校があるあたりに地頭仮屋(行政施設)がありました。その先の本町通りは、「野町」といって、商店街であり賑わいの場所でしたね。八月踊りもこの通りで行われます。
高山から鹿児島へ帰るときは、この通りにあるバス停を利用します。鹿屋行か垂水行に乗ります。ここの停留所が閉鎖されてしまい、今は汚れたベンチが2つ置いてあるだけです。中にあった便所も使えなくなった。
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旧国鉄時代に賑わった高山駅周辺も廃線と同時に町の中心ではなくなりました。
アメリカのような広大な国で発達した自家用車が、日本中に行きわたり、便利になった反面で、私のように高齢者は、公共交通しか頼れるものがありません。
その自動車大国のアメリカでさえ、今は鉄道を敷くという時代と聞きました。日本では、燃料となる石油は自分の国では採れないのに、こんなに自動車に依存していいのか?とも思います。
奄美の加計呂麻島の島内バスを利用したことがあります。小型のバスで、島内を何本かの路線がめぐっています。島民の足を絶やすなということで、運転経験のある方々などが協力して運営していると聞きました。道端で手を挙げれば止まってくれますし、どこででも降ろしてくれます。
肝付町内でもこのような小型バスで移動できるようにならないかなぁと思います。鹿児島市内と鹿屋の間は直通バスができましたが、鹿屋から先がうんと不便になります。
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これから高齢化が進みますから、自家用車以外に身近に移動できる手段を充実しておくことは、生活面でも観光面でも必須ではないかと考えています。
街の魅力は人が集まっていることです。最近は、車のための「道の駅」が各地にありますが、「人の駅」というか、旧国鉄の「高山駅」やバス停「高山」に代わる人が集まる場所が町の中央部に欲しいものです。

古瀬徹(ふるせ とおる)
1941年富山県生まれ。1965東京大学法学部卒業後、厚生省(当時)に入る。石川県庁観光物産課長、在ドイツ日本国大使館参事官などを経て1983年社会局老人福祉課長を務めた後退職。1986年以降、日本社会事業大学教授、北海道医療大学教授などを経て2006年から2012年3月まで、鹿児島国際大学大学院教授。高齢者福祉論を担当。非常勤で鹿児島国際大学、鹿児島県立短期大学で「社会福祉論」を講義。鹿児島市在住。

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