内之浦エリアの戦跡。
国道448号線の「海蔵」バス停付近から、細い道路を1キロ程度下ったところにあります。
海蔵観音よりも手前です。
ここには二連式のトーチカ(機関銃座)の跡があります。
付近の山の中にも、いくつかのトーチカが存在していたことが確認されています。
太平洋戦争末期、沖縄戦の後、日本軍は本土での決戦に備えていました。
1944年(昭和19年)8月から、連合軍の上陸作戦(オリンピック作戦)を迎え撃つべく志布志湾の両岸に軍事施設を構築しました。
海蔵集落があるこの半島一帯もまた、戦略的価値が高いことから砲台が作られました。
翌年8月15日に終戦したことで、この砲台が使用されることはありませんでした。
もし終戦していなかったら、同年11月に予定されていたオリンピック作戦により鹿児島は激戦地になっていたかもしれません。
内之浦エリアにはこのほかの戦跡として、小串の人間魚雷跡があります。
基本情報
名 称 | 海蔵の砲台跡 (かいぞうのほうだいあと) |
住 所 | 〒893-1401 鹿児島県肝属郡肝付町北方2170−1 |
関連スポット | ・海蔵観音 / Kaizo Kan-Non ・小串の人間魚雷跡 / Human Torpedo Base Ruin in Kogushi |
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