【きもつき情報局】伝統を今につなぐ野崎の鎌踊り(2013年)

豊年満作を祈願する伝統行事として、肝付町では棒踊りや鎌踊りがいくつかの地区で今なお続けられています。

そうした地区の一つが志布志湾に近く、国見山のふもとにある野崎です。毎年この時期になると地区内にある7つの集落から集落単位で踊りに参加。今年(2013年)は水窪と津曲の2集落が3月17日、踊りを奉納することになりました。
01tsumagari.jpg
津曲公民館の前で行われた鎌踊り
どちらの集落も踊り手は子どもが中心で、小学生は色鮮やかな着物にたすきをかけ、鉢巻をしめて踊り用の鎌を手に踊ります。また、中学生以上は黒い布を頭につけ、ナタを手にして踊りますが、さすがに小学生の踊りに比べると動きが複雑で覚えるのが難しそうです。
02tsumagari.jpg
鎌やナタを持たずに踊ることもあります(津曲集落)
この野崎の鎌踊りの場合、踊り方としては、ナタを持つ人と鎌を持つ人が対となって並び、唄に合わせて、時折、声をあげながら踊ります。以前は踊り手が男の子だけだったそうですが、現在では少子化の影響もあり、女の子も踊るようになっています。
唄い手は、椿や桜、シイの枝を手に持って地面をつきながら唄います(ただし、なぜそうするのかは不詳)。また、初めて踊りに参加する子どもは「シンパン」と呼ばれ、鼻筋におしろいを塗り、頬紅をつけます。ちなみに、シンパンの家では踊りが終わった後、お祝いをするそうです。
06-3utaite.jpg
椿や桜などを手にした唄い手
10-sinpann.jpg
顔に化粧をほどこされた「シンパン」の女の子
今年参加した津曲集落では、16人の踊り手がまず公民館に集まって踊った後、近くの畑に向かい、その畑の脇にある1メートルほどの石に踊りを奉納しました。集落の住民によると「おそらく龍神様をまつっているのではないか」ということでした。
03tumagari.jpg
「龍神様をまつっている」とされる石
それから「天道山」を上り、山頂にある伊勢神社に到着。そこで水窪集落からやってきた踊り手10人とともにおはらいを受け、順に踊りを奉納しました。
04ise.jpg
桜が見事な伊勢神社の鳥居周辺
06mizukubo.jpg
伊勢神社の境内で鎌踊りを奉納する水窪集落の踊り手
07mizukubo.jpg
色鮮やかな着物で踊る小学生
その後、伊勢神社から山を下ったところにつくられたため池、天道池のほとりにそろって移動します。そこでも昼食をはさんで2回に分けて踊りを奉納し、それからそれぞれの集落で数十軒の家をめぐって踊りを披露していきました。
08tendoikenosakura.jpg
周辺の水田に水を供給する天道池
08tendoike.jpg
池のほとりで2集落が一緒に踊りを奉納
小学生のころから参加しているという津曲集落の高校1年生、北園真樹さんは「集落内の多くの家を回って踊っていくので大変ですが、踊るのは楽しいので、この集落にいる間はずっと踊り続けたいです」と笑顔で話してくれました。
水窪壮青年部長の内倉和孝さんは「昔からしているものですから、ないとさびしいです。これからもずっと続けていきたいですね」と今後も伝統を守っていくことの大切さを強調しました。
※お知らせ:今度の日曜日(3月24日)は野崎のお隣、波見(はみ)地区で棒・鎌踊りが奉納されることになっています。
  • コメント: 0
  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)