【きもつき情報局】多彩な野菜に囲まれて―中山アヤ子さん

野菜や果物の無人販売をいたるところで目にする肝付町の道路沿い。それだけ個人で青果を育てている生産者が多い地域といえます。
今回のわれらきもつき人で取り上げる人物は、そんな肝付町で野菜を育て、学校給食への提供や町の温泉施設での販売で生計を立てている75歳の元気いっぱいの女性、中山アヤ子さんです。

自慢の畑に立つ中山さん

手間暇かけて生み出す中山品質

自宅敷地内にある広さ約4000平米の畑で白菜、青梗菜、ホウレンソウ、ブロッコリー、ヤーコンなど多種多様な野菜を無農薬で育てている中山さん。一般的な無農薬野菜のイメージといえば、虫食いや不ぞろいな形を思い浮かべますが、中山さんの育てた野菜は害虫の被害がほとんどなくきれいなものばかりです。

町の温泉施設で販売される中山さんの野菜
「毎日明るいうちは、ずっと畑にいるのですよ。ひとつひとつ野菜を確認して、害虫を駆除しています。このように手間暇かけているからこそ、虫食いの少ないきれいな野菜ができるのですよ」と説明します。

野菜に直接触れたいからと素手で作業
時には虫取り網を持って畑を優雅に飛び回るモンシロチョウを追いかけていることもあるそうです。「遊んでいるわけではありません。卵を産み付けられる前に捕まえているのですよ」。その動きは俊敏そのもので。75歳という年齢を感じさせません。

飛び回るモンシロチョウを見事キャッチ
そのように大事に育ててきた野菜なのですから「中山さんの野菜しか食べない」という根強いファンがいるというのもうなずけます。軽トラ市などのイベント出店時でも完売することがほとんどなのだそうです。

スタートは青果の行商

そんな中山さんの野菜づくりの始まりは、青果の行商。もともとは市場などで仕入れてきた商品を売り歩いていましたが、しばらくして自分の店を構えたいと思い、昭和52年に町の商店街に青果店を開店。そこで自分の手で育てたものを食べてもらいたいと野菜づくりに挑戦しました。
「家族みんなが協力してくれました。子どもたちも商売が上手で夕方になって売れ残った野菜を手に売り歩いたこともありました。畑での作業は私が中心になって行いました。辛いと思ったことは一度もありません。自分で育てた野菜を食べてもらえるのですからね」。
それから徐々につくる野菜の種類を増やしていき、お店に出す商品がほぼ自家製の野菜だけになっていったそうです。

多品種が実る中山さんの畑
精魂込めて営んできた青果店は26年ほど続け、平成15年に店の看板を降ろしましたが、それからも大好きな野菜づくりだけは現在も続けています。

白色かぼちゃが畑に

そして今年の秋には、珍しい白いかぼちゃが畑に生りました。これは長野県の親戚からいただいた「えびす」という一般的なかぼちゃの不要部分を放置していたところから、自然に芽が出たもので、当初は成長とともに緑色になると思っていたそうです。

自然に生った白かぼちゃ
他の実も白く成長していることから通常の変異とは違い、珍しい現象だと専門家は話していて、種子をいくつか分けてほしいと依頼されたそうです。
そんな白かぼちゃはまだ成長段階にあるということで、収穫はもうしばらく先。1月には中山さんの孫が帰省するそうで、そのときに振る舞いたいと話していました。
「体が動くうちは野菜づくりを続けていきますよ。これからはもっと多くの種類を育てたいですね」
野菜づくりにたいする尽きることのない情熱を持った中山さん。今日も一日の大半を畑で過ごしています。
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