その場所は「ピーヒョロロロロ」とトビの鳴き声が空に響き、たくさんの猫たちが当たり前のように路上で日向ぼっこをしている――そんな穏やかな雰囲気を漂わせる港町が、鹿児島県本土の東南部に位置する肝付町内之浦です。
ここは、古くから漁業が盛んに行われてきたところで、北東方向に太平洋に向かって開けた内之浦湾では、そのすぐ沖合に流れる黒潮(暖流)の恩恵を受けて、暖流域の豊富な魚が一年を通して水揚げされます。
開業27年で念願のお店を持つ
そんな内之浦で長年、地魚を使った活き魚料理を提供しているお店が、今年9月で創業40年の節目を迎える活魚料理の店「網元」です。
網元を切り盛りする田中さん一家と従業員
店があるのは、役場の支所や小学校、釣具店、蒲鉾店などが並ぶ、町のメインストリート(国道)沿いで、入口には中央に「網元」と記されたのれん、そして左側には「大隅半島観光案内所」と書かれた大きな看板がかけられ、右側には大型漁船のスクリューが飾られています。
開業当初から活魚にこだわり、そして「お客さまがお客さまを連れてくる『愛される店』」をモットーにして、オーナーの田中弘幸さん(72)が家族とともにお店を切り盛りしてきました。
今は亡き坂上二郎さんが訪れたときの一枚
もともとは民間会社の企画部門などで働いた経験を持つ田中さん。「自分の店を持って何か大きなことをやりたい」と、一念発起して東京都新宿区四谷で寿司屋を開業し、飲食業の世界に飛び込みました。
その後、天ぷらの技術を習得するために同中央区日本橋の三越本店レストランで修業を積み、「最終的には生まれ故郷の内之浦でお店を開きたい」と始めたのが、この網元でした。
開業当初からしばらくは店舗を借りての営業で、当時は弁当もやっていたため、モーレツな忙しさが続き、徹夜も当たり前だったそうです。とにかくがむしゃらに働いた結果、27年前にはついに念願だった自分のお店を持つことができました。
「自分の店を見たときには、そこで終わりではなく、それからさらにがんばっていこうというやる気が出てきました」と語る田中さんにとってお店を持つことは終着点ではなく、あくまでも通過点だったということです。
細かい心配りで客をもてなす
そうした田中さんのがんばりで建った店は、純和風のたたずまいが特徴的なこじゃれたつくりで、活魚料理の店というより、まるで老舗旅館のようです。1階部分には、小粋な寿司屋を思わせるカウンター席と4人~8人用の和室が5部屋、2階には90名ほどが入れる宴会場があります。
90名収容可能な2階の宴会場
さすがに漁業が盛んな町の店だけあって、店内には大きな球体のガラス浮きや船舶模型など海に関連したオブジェが飾られているほか、1階にはイシダイや伊勢海老が入った大きな水槽があり、伊勢海老活造り(時価)や伊勢海老湯がき(時価)などの注文を受けると、そこからすくい上げて、料理として出す前にお客さんにサイズや活きのよさなどを確認してもらっています。
いたるところに飾られたガラス浮き
そうした配慮の裏には、「お客さまは値段に見合ったサイズというものがイメージしにくいと思います。ですので、調理前に見てもらうことで納得してもらい、楽しく食事をしてほしいのです」という田中さんの心遣いがあることはいうまでもありません。
たまたま取材で訪れた日も伊勢海老活造りが注文されていて、水槽から取り上げられたばかりの生きた伊勢海老を手際よくさばいていました。
時価で提供される伊勢海老活造
さばいているのは弘幸さんの息子で2代目の耕太郎さんです。東京・築地の魚市場で仲買人を務めていましたが、6年ほど前に郷里に戻り、父親がつくった店で板前として腕をふるっています。
調理場で腕をふるう2代目の耕太郎さん
店では耕太郎さんのほかにも弘幸さんの妻の頼子さんと耕太郎さんの妻の佳子さんがいっしょに働いており、家族全員で店を盛り立てています。
見た目も味も折り紙つき
このように港町という利点を生かして、まさに「活きた」魚介類を提供している網元では、伊勢海老料理のほかにも天丼(735円)やあら炊(たき)(525円)などの一品料理から、刺身や天ぷらなどの定食もの(1260~1890円)まで豊富にそろっています。
中でも一番人気のあるメニューが刺身定食(上)活き造り(1890円)です。刺身をメインにして小鉢、中鉢、酢の物、茶碗蒸し、香物、汁、御飯、果物が脇をかためるという豊富な組み合わせです。さすがにメインだけあって、赤や緑の海藻を使って色鮮やかに盛られた刺身は、真珠のように光沢があってとてもきれいです。
彩り豊かな刺身定食(上)活き造り
もちろんすばらしいのは見た目だけではありません。店の中に飾ってある数々の著名人の写真が物語っているとおり、その味についても折り紙つきです。
ちなみに、網元で出される刺身は、基本的に1年をとおしてイシダイやアジ、タイ、カンパチ、高級食用魚のアカヤガラですが、季節によっては活(いき)マグロや活サワラ、活秋太郎などが出されます。
実は、このようにとれたての高級食用魚を良心的な値段で提供できるのには理由があります。田中さんが市場から直接食材を仕入れることができる、仲買権を持っているからです。
また、市場が休みのときでも活魚料理を提供できるようにと、漁港の一画に専用の生簀を用意して、そこに仕入れた魚を放しているのだそうです。「いつでもお客さまに新鮮でおいしい魚を提供したい」という田中さんの強い思いをひしひしと感じます。
つまり、お客さんの満足を第一に考え、本物のこだわりの味を提供する――それこそが活魚料理、網元の基本姿勢なのです。
みなさんも内之浦へお越しの際は、ぜひ網元にお立ち寄りいただき、そこで本物の味をぜひ味わってみてはいかがでしょうか。漁業が盛んな内之浦ならではの活きのいい魚料理にきっとご満足いただけるはずですよ。
※なお、お出かけの際にはできるだけ事前に予約を入れることをおすすめします。
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