【情報局】古地図と歩く高山麓の観光ガイド(後編)

高山麓の古地図を用いての案内は四十九所神社から野町へのルートで行われました。まずは神社前。そして境内、拝殿の中を案内して流鏑馬の解説。もちろん旅行関係者ばかりなので流鏑馬の基本は押さえてきているのですが、やはりその場で解説を聞くのは一味違うのでしょう。皆さん真剣に聞き入っていました。

続いて流鏑馬の馬道を野町へ向かって歩きました。古地図をもとに巡ると「街並」「道路」「水路」が古い時代を想像できるとあって効果は絶大です。なにしろ街歩きは古い時代の風景を思い浮かべることが出来るかどうかが勝負と言っても過言ではありません。古地図というのは不思議なもので、既に無くなっているものを、目の前に写しだして重ねることができるのです。

流鏑馬の二番的付近では報道陣が矢面に立って決死の撮影を試みるなどの苦労話もさせていただき、麓を南北に分ける県道が古地図には存在しない事、代わりに水路が通っており、水運が陸運へと変化していく時代の変化が読み取れること、大水害による地形の変化、縦横無尽に走る水路。そこには容易に気づけないだけで、失われてしまった過去の記憶が刻まれています。古地図はそんな場所を教えてくれるのです。

一直線の通りにびっしりと並ぶ間口三間の商家跡があるのは野町です。古い時代から受け継がれる細い水路によって規則正しく区画され、今なお当時の面影を伝えています。

水神様、八月踊り、かつては油屋だった商家の所で野町の歴史と縦長の家屋の説明、歳の神、加具土命、その向こうに八坂神社。その神社のすぐ横には唐人町と呼ばれた地区がありました。今でこそまったく痕跡すらない場所なのですが、なんと古地図には大きな水路と舟屋と思われる、水中に地番を刻んだ八件の商家が見て取れます。その水路の先は高山川を経由して波見港、柏原港、東串良町の唐仁地区といった浦町へとつながっていることが確認できます。

最後に一部の参加者から「そのボードを譲ってほしい」と頼まれたのですが、残念ながら今回の為に作った一点物なのでお許し頂き、皆様に新しいパンフレット(裏面にA3サイズで同じ古地図が印刷されています)を配りました。古地図を使って行われたまち歩きは穏やかな春の日差しのもと、無事に終了しました。

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