【きもつき情報局】やぶさめロード 5 伝統の厳しさ(2012年)

9月25日の夕方、高山流鏑馬保存会の広報担当、武下さんから電話が入りました。
「急な話なんですが、実は今日から馬に乗って矢を放つ練習が始まりました」
おっと、それは大事な知らせです。馬上から矢を射るというのはやぶさめの練習の中でもハイライトの部分に相当します。取材しないわけにはいきません。
早速、次の日の午後4時前、練習場所である四十九所神社前の宮之馬場に車を走らせました。
町の中心部を走る道路から宮之馬場に折れてすぐのところで保存会の会長の益山さんを見かけました。
「こんにちは。今日もよろしくお願いいたします」
車の窓越しにそうあいさつすると、意外な答えが返ってくるではないですか。
「いや、それどころじゃないんだよね」
よく見ると、会長のまわりにいる人たちが心配そうな表情で射手の麗斗君を見ています。片っ方の靴を脱いでいます。足をケガしたようです。
聞くと、馬場の地面をならしている最中に軽トラックの後ろに取り付けられていた整地用の器具が外れて、それに乗っていた麗斗君が投げ出されるような形でケガをしたのだそうです。
すぐに車を止めて、「必要なら病院に連れて行きますよ」と申し出たものの、会長のほうは「いや、その必要はない」といいます。
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この作業中に麗斗君がケガをしました
それからしばらくして練習が予定どおり始まったのには驚きました。馬に乗る前、麗斗君が足をひきずっていたからです。
これが伝統の重みというものなのでしょうか。
多少のケガくらいでは練習を休むわけにはいかないのでしょう。本番まであと一ヶ月を切っていますので、一日一日が大事な時間です。無駄にするわけにはいかないのでしょう。
馬に乗った麗斗君。地面で足を引きずっていたのに比べるとそれほど痛そうには見えません。緊張し、集中しているから、痛みが意識から消えているのでしょうか。
最初、馬場ならしといって馬場を歩いて往復してから、手放しで走る練習をしました。
さすがに若い馬のはやぶさです。以前にも増してスピードが出ているように感じます。
それに乗っている麗斗君も見事です。両手を前と後ろにしっかり伸ばし、前傾姿勢で疾走する馬をしっかり乗りこなしています。
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見事な走りっぷりです
それに続いて行われた2回目の練習では、馬が疾走する際に出すパカパカというひずめの音に加えて、なにやら「バシッ」という音が聞こえてきました。
矢が的に当たった音です。
今度の走りでは馬上から矢を射る練習に切り替わったようです。
第2の的付近にいてビデオカメラを構えていた自分の目の前を麗斗君を乗せた馬が勢いよく駆け抜けていきます。麗斗君の手には弓矢があり、第2の的めがけて放たれた矢は的に当たったものの的にとどまることなくどこかへ飛んでいってしまいました。
でも、当たったことに変わりはありません。
しかも、馬上で矢を射る練習はなんといってもこの日で2度目なわけですから、驚異的といってもいいでしょう。あれだけのスピードで疾走する馬の上で両手を放し、矢を射るのですから……もうあっぱれというしかありません。
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見よ、この勇姿を!
途中、毎年のように綱持ちのボランティアをしているというやぶさめファンの一人に話を聞いたところ、素人の少年が一月半ほどの練習を経て立派に射手としての役割を果たし、終わった後に全員が号泣するところが「たまらんですね」ということでした。
やぶさめはそうしたボランティアの人たちの助けもあって成り立っているわけですね。
さて、練習はまだ続きます。
3回目の走りも神社側のほうからバシッという矢が的に当たる音が聞こえてきます。目の前の第2の的にも見事矢が突き刺さっていきます。遠くのほうからは、第3の的にも命中したのでしょう。歓声が上がっています。
実に見事な弓さばきです。
それもそのはず、今度の射手は去年大役を果たした宮本晴生君だったのです。麗斗君の足の状態を心配して、急きょ、晴生君を代役にして馬に乗せたのです。
びっくりしたのは、彼が馬に乗るのはほぼ1年ぶりだったということ。それだけ時間が経っているにもかかわらず、晴生君は堂々とした面持ちで、さも当たり前のようにして次々に的に矢を当てていきます。
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余裕の表情です
結局、この日は晴生君も2度馬に乗ることになり、ほとんどすべての的に矢を当てたのでした。
あってはならないことですが、万が一麗斗君が馬に乗れなくなってしまえば、代役を務めるのは後射手の晴生君になるわけですから、こういう練習もしておかなければなりません。
というわけで、この日の練習は冒頭からアクシデントがあり、どうなることかと思われましたが、予定外の晴生君のやぶさめ姿も見られて、綱持ち役でやってきていた人たちも満足そうな面持ちだったのが印象的でした。
ちなみに、その後の情報によると、麗斗君は病院で検査を受けたところ別段異常は見つからず、次の日からは通常どおりの練習をこなせたということでした。
大事にいたらなくて本当によかったですね。
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