【きもつき情報局】古い街並みに日米合同新デザイン提案

藩政時代、商店が通りに軒を連ね、商業の中心であった「野町」。
 
肝付町高山には、この野町の面影が残る街並みがあります。現在、本町と呼ばれている300m足らずの通りを中心にした地区で、鹿児島県無形文化財に指定された「本町八月踊」で有名です。
 
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かつて野町と呼ばれた本町の街並み
 
この地区には三間間口といって、通りに面する幅が三間で奥行きが深い区画が並びます。
 
間口が狭いのは、店がたくさん道に面するようにするためであり、また、昔は間口の幅に対して税金がかけられていたからだともいわれています。
 
野町の町家は表部分が店、奥が居住空間、奥の庭へ抜ける土間がある造りとなっています。こうした町家のつくりは、町人の住宅の形として全国に分布したそうです。
 
鹿児島には、野町が町の形として残っているところはほとんどないそうで、また、肝付町のように武家の居住区である麓と一緒にまとまって残っているのは珍しいそうです。
 
この肝付町の野町を中心とした調査が、5月末に鹿児島大学大学院理工学研究科と米国タスキーギ大学建築・建設工学部共同で実施されました。
 
日米の学生が共同で地域創生に向けたデザイン提案をするためのもので、5月29日から6月2日にかけて泊まりがけで調査と設計活動を行いました。
 
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通りの中心部にある「油屋」前に集まる学生ら
 
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家屋を調査する学生
 
最終日の6月2日には、地域住民や町役場関係者を前にその成果を発表し、築200年以上でほぼ昔の町家の形のままで残っている「油屋」をレストランやカフェ、宿泊施設、農産物販売スペースとして活用する案や本町全体を美術館としでデザインしたり、子供たちが遊べる空間づくりをしたりするなどの提案がなされました。
 
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学生によるデザイン発表
 
学生たちの発表を聞いた本町振興会の林豊茂会長は「八月踊りや水神などを組み込んで、自分たちには考えられない新しい発想とスケールで提案してくれました」と語り、提案の今後の活用を期待している様子でした。
 
肝付町では、今回の調査結果のデータや資料をもとに、今後のまちづくりに活用する方法を検討していく予定です。
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