【きもつき情報局】いったんもめん(一反木綿)はどこにいた?

いったんもめん。
有名漫画家のおかげで、全国的に知られるようになった妖怪ですが、「出身」が肝付町(旧高山町)であることは、それほど知られていません。

柳田国男の依頼をうけて、肝付町(旧高山町)出身の教育者・野村伝四が家族や親戚などから方言を聞き取って著述したという「大隅肝属郡方言集」には、「いったんもめん」について、次のように記載されています。

イッタンモンメン
お化けの一種。長さ一反もある木綿の様な物がヒラヒラとして夜間人を襲うと言う。

また「高山郷土誌」には次のように取り上げられています。

いったんもめん(一反木綿)
高山の池之園や、波見には「いったんもめん」という妖怪がいて、夕方うすぐらくなると、どこからともなくひらひらと飛んで来て、人間の頭や首に巻きついて、息の根をとめるといわれていた。―(中略)―「いったんもめん」(一反ほどの長さの木綿)は山に住み、ちょうど日暮れどき、ひとの顔もわからなくなる時分に飛んでくると言われている。

このいったんもめんが、一体どのくらいの範囲で出没していたのか(言い伝えがあるのか)、取材の際などに、地域の住民から聞き取り調査をしてみました。

 

聞き取り結果

波見(平後園)地区

「子どものときは、遅くまで外にいるといったんもめんが出るぞ」と脅されていた(80代男性)。

高山地区

「城山(四十九所神社の裏にある山)で、螺旋状にくるくるとまわりながら飛んでいた」と、町役場周辺の麓地区の住民から聞いたことがある(聞き手は60代男性)。

(城山はその名の通りかつて山城が築かれていた)

川上地区

「いったんもめんの話は聞いたことが無い。河童は出るといわれていた。夕方遅くまで外にいると「『マン』が出る」と脅された。

内之浦地区

いったんもめんは聞いたことが無い。「『メン』が出る」と脅されていた。

岸良地区

いったんもめんは聞いたことが無い。かっぱと相撲をとって怪我をしたという人なら見たことがある(90代女性)。

 

ちなみに、大隅肝属方言集によると、「メン」は幽霊、おばけの意味(大隅肝属方言集の記載:メン、メンドン 幽霊、おばけ)。
おそらく、「マン」も同じと考えられます。
この言葉は、大隅地域以外でも、鹿児島県では広く使われていたようです。

また、肝付町の隣、鹿屋市串良出身スタッフによると、串良の岡崎(肝属川沿い)周辺でも「権現山からいったんもめんがくるよ」といわれていたといいます。

(肝属川河口近くにある権現山[波見地区])

郷土史家の海ケ倉喜通(かいがくら よしかず)さんにお聞きしたところ、かつて、いったんもめんの伝承について調査をしたときには「波見から上流の肝属川沿いに言い伝えは分布していました。有明地区や後田地区(川上地区含む)には伝わっていませんでした。串良や東串良にも伝わっているのは、波見の人が嫁ぐなどして交流があったからでしょう」とのことでした。
正体については、墓のまわりに立てていた長い白旗ではないか、などといわれていますが、おそらくは「一般的に人魂と呼ばれている燐火でしょう」と海ケ倉さん。

戦時中は、夜、家の灯りがもれないようにしていたため、真っ暗だったこともあり、よく燐火を見かけたそうで、長く尾をひくようなものも見られたといいます。

また、波野地区で聞き取りをしていたときに、「昔、疫病がはやったときに、荒瀬の山のなかに大きな穴をほってそこに死体を埋めていて、近づいてはいけないといわれていた。いったんもめんは、その穴から出てきた人魂のことだと聞いた」という話もありました。

一反(着物一着分の反物)の長さについては、種類や産地で差があるようですが、だいたい12.5メートルほどで、かなりの長さです。
そこまで長くなくとも、白旗のような長い布が、山の中(山林)を飛ぶのは、ひっかかるのでかなり難しいと考えると、「人魂説」のほうが有力かもしれません。

いったんもんめんのほかにも高山には伝説が多く、夜に武者が通っていくというような話もあります。
肝付町を訪れたときには、そうした伝説を探してみてはいかがでしょうか。

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